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パブロ・エスコバルってどんな人物?その生涯を詳しく解説

引用:GRAZIA

コロンビアの麻薬王として、その名前を世界に轟かせたパブロ・エスコバル。

麻薬界では語り継がれるほどの伝説の男として評価されています。

しかし、「パブロ・エスコバルってどんな人物?」「パブロ・エスコバルの生い立ちは?」と気になっている方もいるのではないでしょうか。

そこで今回の記事では、パブロ・エスコバルについて紹介します。人物の詳細について知りたい方は、ぜひ最後までご覧ください。

パブロ・エスコバルとは?

パブロ・エスコバルとは、コロンビアの麻薬王として有名な人物です。麻薬組織の「メデジン・カルテル(Medellín Cartel)」の創設者としても知られています。

そんなパブロ・エスコバルは、通称「コカインの帝王」とも呼ばれていて、アメリカ合衆国で麻薬ビジネスを行っていました。

自身が創設したメデジン・カルテルは、アメリカ合衆国の麻薬ビジネスを独占したそうです。そして、豊富な資金の調達に成功しました。

このように、麻薬市場で世界に名を轟かせた伝説の男が「パブロ・エスコバル」です。

パブロ・エスコバルの資産は?

パブロ・エスコバルの資産は、約300億ドルと言われています。日本円で表すと約3兆円という金額です。

とんでもない大金を稼ぐことができたのは、紛れもなく麻薬ビジネスのお陰です。それだけ、麻薬ビジネスはお金が動くようになっています。

そんな、パブロ・エスコバルが率いるメデジン・カルテルは、アメリカへ1日約15トンものコカインを運送していたそうです。

その1日の収益を計算すると、約6,000万ドル(約60億円)になります。莫大な資金を手にしたパブロ・エスコバルは、フォーチューンに「世界で7番目に裕福な人」として記載されました。

パブロ・エスコバルの歴史

引用:Prensa Libre

パブロ・エスコバルは、どのような人生を送ったのでしょうか。ここからは、生い立ちや歴史について詳しく解説します。パブロ・エスコバルの知識を深めたい方は、チェックしてみてください。

リオネグロで生まれる

パブロ・エスコバルは、1949年12月1日に「リオネグロ」で生まれました。

リオネグロは、都市であるメデジンから東方40kmの位置にあります。

そして、コロンビアの第2の都市と言われている「メデジン」に移り住み、ラテンアメリカ自治大学へ通います。

しかし、パブロ・エスコバルは、大学を中退しました。その後、素行が悪化していき、違法なビジネスに手を染めるようになったそうです。

主にやっていたと言われているビジネスは、窃盗や違法商品の販売などです。この頃から稼ぐ手段を選ばず、人を誘拐したときもありました。

メデジン・カルテルを創設する

パブロ・エスコバルは、1970年代に麻薬密売業者として働くようになりました。

この頃に学んだ知識や経験をもとに、麻薬組織「メデジン・カルテル」を結成。

コロンビアの犯罪組織は、基本的に酒やタバコの密輸と売買を行っています。

しかし、メデジン・カルテルは、当時流行していた「マリファナ」に目をつけました。そして、アメリカを市場にしたマリファナビジネスを行います。

次に世界で「コカイン」が流行するようになりました。これに目をつけたパブロ・エスコバルは、マリファナからコカインビジネスに移ります。

コロンビアからアメリカへ、月に約70〜80トンものコカインを輸送していたそうです。その驚きの収益やビジネスから、パブロ・エスコバルは世界中で有名になりました。

その結果、狙われる側の立場になり、別の麻薬カルテルと抗争が勃発。多くの犠牲者が生まれるようになりました。

当局に自首する

パブロ・エスコバルは、1991年に当局へ自首します。

この理由については定かではありませんが、自分の意志で決めたそうです。

そして、今までしてきた多くの罪状から5年の禁固刑を言い渡されます。元コロンビアの大統領である「セサル・カリビア」が建設した刑務所の「ラ・カテドラル(La Catedral)」に収容されました。

しかし、ここでトラブルが発生。当局が過酷な刑務所へ、パブロ・エスコバルを移そうとしたのです。

これを知ったパブロ・エスコバルは、ラ・カテドラルから脱走。刑期を終える前に刑務所から出たことで、脱獄者として捜索活動が行われるようになります。

そして、パブロ・エスコバルが率いるメデジン・カルテルは、徐々に崩れ落ちていきました。

パブロ・エスコバルの死因

パブロ・エスコバルが死亡した日は、44歳を迎えた日の翌日です。

1993年12月2日に、メデジンでコロンビアの国家警察を率いる特殊部隊と抗争が勃発。その戦いに参加していたパブロ・エスコバルは、激しい銃撃戦の末に死亡しました。

これにより、麻薬組織のメデジン・カルテルが解体されました。コロンビア政府や国は、パブロ・エスコバルの死を大きな成功と述べています。

まとめ

麻薬ビジネスの流れを大きく変えたパブロ・エスコバルは、漫画や映画、テレビ番組で取り上げられるほど、今でも影響を与え続けている人物です。

そんな、パブロ・エスコバルの邸宅は、現在テーマパークとして利用されています。もちろん一般の方でも、足を運ぶことが可能です。

今回紹介した内容で、少しでも多くの方に「パブロ・エスコバル」という人物を知っていただけたら幸いです。

もっと詳しく知りたい方は、実際にコロンビアの邸宅へ訪れてみてはいかがでしょうか。

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この記事を書いた人

Dice Staff。
合法カンナビ歴2年以上。
Diceのカンナビスに惚れ込んで入社しました。
カンナビスの良さをもっと色んな人に知って欲しいカンナビ好き。
年間3000本以上、どんなジャンルのカンナビスも吸います。

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